クマはなぜ冬眠しても筋肉が衰えないのか?

秋になると出没の報道が多くなるクマ。冬になると報道はほとんどなくなります。

それは、クマは冬眠する動物だからです。
クマは秋に冬眠を始めると、よほどのことがない限り眠り続けるそうです。
そして春になると元気に活動を開始します。

しかし、よく考えてみてください。

我々人間が数ヶ月間一切動かずに眠り続けたら、、、
筋肉が衰えてまともに動けないのではないでしょうか?
部活動等で運動をしていた人では、ケガで数ヶ月運動できない間に、びっくりするくらい筋力が落ちた経験がある人も多いはず。
いったいなぜ、クマは数ヶ月の間飲まず食わずで眠り続けても、筋肉が衰えないのでしょう?

これに関して、2022年に公開された研究(参考文献1~2)で、冬眠中のツキノワグマの筋肉におけるタンパク質の代謝やエネルギー代謝が調査されました。その結果、冬眠中のツキノワグマの筋肉では、代謝が抑えられた省エネモードになっていることが明らかになりました。

本記事では、クマの冬眠の不思議と、冬眠中にクマの筋肉で何が起こっているのかについて説明していきます。

クマの冬眠の特徴は? クマはなぜ冬眠中に筋肉が衰えないの?

目次

クマってどんな生き物?

クマは世界で8種類(ホッキョクグマ・ヒグマ・ツキノワグマ・アメリカクロクマ・メガネグマ・ナマケグマ・マレーグマ・ジャイアントパンダ)存在します。

主に北半球に生息していて(南半球に生息するのはメガネグマのみ)、その生息環境は多岐にわたります。
日本では、本州にツキノワグマが、北海道にヒグマが生息していますね。

クマは大型哺乳類であり、最大のホッキョクグマや次に大きいヒグマは体長2mを超えています。

可愛らしい仕草を示すこともある一方、大きな体と発達した筋肉から繰り出させるパワーは人の命を脅かすこともあります。

クマの冬眠の特徴

クマは冬眠する動物というイメージがありますよね。
実は、冬眠する大型動物はかなり珍しいのです。

そもそも、冬眠とはいったいなんなのでしょう?

冬 眠  気温が低く食物が不足する冬の間を、代謝や体温を低下させてエネルギーを節約する事で乗り越える生存戦略です。

冬眠する動物には、哺乳類・鳥類など体温を一定に保つ生物が行う事が多く、またリスやハムスターなど寒さに弱い小型の種類が多いとされています。

クマは大型動物なのに冬眠するなんてちょっと不思議ですよね。
クマの仲間では、ヒグマ・ツキ ノワグマ・アメリカクロクマ・ホッキョクグマの4種が冬眠する事が知られています。

どうやら、これには食性が関係しているようです。
クマは雑食性ですが、草食が強い種類が多く(ホッキョクグマは肉食が強い)、冬季には餌が不足しがちです。
冬季のエネルギー不足に対応するため、冬眠するという訳です。
ちなみに、ホッキョクグマは、アザラシが不足する夏場に代謝を下げて生活する「歩く冬眠」と呼ばれるものをしているらしいです。
冬眠もいろいろあるんですね。

このように、クマは大型哺乳類であるにもかかわらず冬眠するという稀な動物なのです。
そのため、クマの冬眠には小型の冬眠哺乳類にはない特徴があります。

クマの冬眠の特徴①|体温の下がり幅が小さい

クマの冬眠は、冬眠期間に体温があまり下がらないという特徴があります。
クマが冬眠していない時の体温は37〜39℃なのですが、冬眠中には31〜35℃になる事が知られています。
それに対して、小型哺乳類では、冬眠期間は外気温近く(10℃以下)まで体温が低下します。

なぜクマでは体温があまり下がらないのかについては、詳しい理由は解明されていませんが、次の理由が考えられています。

  • クマは体サイズが大きく、厚い体脂肪に包まれているため、熱が逃げにくい
  • いったん体温を大幅に低下させると、覚醒時に体全体を温めるコストが大きい

クマの冬眠では体温はあまり低下しませんが、代謝率については低下しているようです。
代謝率は、冬眠していない時は100%ですが、冬眠している時は20-50%まで減少するようです。

体温は下がらないのに代謝は下がるなんて、とても興味深いですね。

クマの冬眠の特徴中途覚醒が起こらない

クマの冬眠では、何事もなければ途中で目覚めず、眠り続ける事が知られています。

それに対して、シマリスやハムスターなどの小型哺乳類の冬眠では、数日間眠った後に目を覚ます、中途覚醒と呼ばれる現象が見られます。小型哺乳類では、この中途覚醒の間に飲食や排泄などが行われる事で健康な状態が保たれるというわけです。

クマはかこの中途覚醒が起こらないため、冬眠期は何ヶ月も飲食や排泄を行わないことになります。

クマはなぜ、この条件で生き延びられるのでしょうか?
実は、次のようにエネルギーや栄養を節約したりリサイクルしたりしているようです。

  • 冬眠前に蓄えた大量の脂肪をエネルギーとして使用する
  • 尿素を再利用してアミノ酸を作っている

このように、クマは冬眠中、体温をあまり低下させない状態で、数ヶ月間飲食や排泄することなく眠り続けています
そして、春になると元気に巣穴から出てきて、活動を開始するのです。

クマは何気なく行なっている一連の行動ですが、よく考えてみるとある点が驚異的であることに気づきます。

それは何ヶ月も動かずにいるのにもかかわらず、すぐに元の活動に戻れるという点です。
もし人間が数ヶ月の間眠り続けたらどうなるでしょうか?
筋肉が衰えてまともに動けなくなるはずですよね。

なぜクマは何ヶ月も眠り続けても、筋肉が衰えないのか?

冬眠しても衰えない筋肉

もちろん、冬眠の前後でクマの体に全く変化がない訳ではありません。
ヒグマやアメリカクロクマでは、冬眠後の体重は飼育個体では15〜27%、野生個体では16〜37%減少すると報告されています。
冬眠はクマにとってもやはり過酷ということなのでしょう。

体重減少に伴い、筋肉量もある程度は減少しています。
アメリカクロクマでは、冬眠後に筋肉量が23%減少する事が知られています。

しかし、この筋肉量の減少率は人間とは比べものにならないくらい小さいのです。
人間がクマと同じ期間動かずにいた場合、90%筋肉が減少するだろうと考えられています。
こうして見てみると、クマの凄さがわかりますね。

ただし、クマは夏期に活動が制限された場合は筋力が落ちるという、面白い報告もあります。

したがって、クマは冬季には何らかの仕組みにより、活動しなくても筋肉が衰えない状態になっているということです。

クマは冬季には筋肉が衰えない身体になっている

ツキノワグマで筋力が衰えない仕組み

一体どのような仕組みで、冬眠中のクマは筋肉が衰えない状態になっているのでしょう?

筋肉が衰えない仕組みについて、2022年にツキノワグマで面白い研究(参考文献1,2)が行われました。
その研究では、冬眠中のツキノワグマの筋肉でタンパク質代謝やエネルギー代謝にどのような変化が起こっているかについて調べています。

ツキノワグマはアジアに生息している、黒色の体と胸に白い「月の輪」の模様が特徴的なクマです。日本でも本州から九州に生息していることでお馴染みですよね。
日本に生息するツキノワグマは11月頃から翌年4月頃までの5〜6ヶ月間冬眠すると言われています。 

その研究では、飼育されているクマを使用し、次の条件で採集した筋肉を比較分析しています。

  • 条件① 冬眠期(2 月下旬)に片脚から採取した太ももの筋肉
  • 条件② 活動期(7 月中旬)に同じ個体の反対側の脚から採取した太ももの筋肉

体重・筋力の変化

まず、冬眠期と活動期で体重や骨格筋の繊維サイズ、遅筋速筋繊維タイプ割合が比較されています。

その結果、すべての項目で全く変化が見られなかったそうです。

飼育個体であるという点を考えても、全く変化がないというのはすごいですね。

冬眠中の筋肉でのタンパク質の合成と分解の変化

次に、タンパク質の合成と分解にかかわる分子的な仕組みについて調べられています。

骨格筋量の増加や減少は、筋肉細胞内におけるタンパク質の合成と分解の代謝バランスによって決まります。
そのため、どちらの仕組みについても調べることが重要という訳です。

研究の結果、冬眠期のツキノワグマでは、次に示すようにタンパク質合成とタンパク質分解の両方が抑制されていることが判明しました。

①タンパク質の合成に関する変化

骨格筋においてタンパク質合成を促進する分子的な仕組みにはmTORシグナルやAkt/GSK3経路、MEK/ERK経路などがあります。
ツキノワグマの骨格筋でこれらのシグナル伝達経路の活性が測定された結果、冬眠期にはいずれのシグナル伝達経路の活性も抑制されている事が判明しました。

②タンパク質の分解に関する変化

タンパク質の分解系には、ユビキチン-プロテアソーム系や、オートファジー-リソソーム系などが知られています。
ツキノワグマの骨格筋でこれらの系に関わる遺伝子がどの程度働いているかが測定値されました。
その結果、冬眠期にはどちらの系に関わる遺伝子も働きが抑えられている事が明らかになっています。

冬眠中の筋肉でのエネルギー代謝の変化

研究ではさらに、冬眠中の筋肉でのエネルギー代謝の変化について調べられています。

まず、細胞内のエネルギーセンサー(エネルギーの源であるATPが利用されることに伴い活性化される)として働く酵素の活性や総量が測定されました。
その結果、冬眠期では活性と総量共に抑制されていることが示されました。
これは冬眠期にはエネルギーの源であるATPがあまり利用されていないことを示唆します。

次に、脂肪酸からエネルギーを取り出す際に使われる酵素や、ATPの生産器官であるミトコンドリアにおいてエネルギー代謝に使われる酵素の遺伝子発現量や酵素活性が測定されました。
その結果、冬眠期にそれらが抑制されていることが示されました。

まとめると、冬眠中のツキノワグマの骨格筋は合成と分解が共に抑制されており、さらにエネルギー消費が抑制された省エネ状態になっているということです。

これによって、クマの筋肉は動かなくても衰えない状態になっているという訳なのですね。
冬眠中の何がこのような省エネ状態を引き起こすのかさらに興味が湧いてきますね。

まとめ|冬眠中のクマの筋肉は省エネモード

本記事のまとめは以下のとおりです。

・クマは大型哺乳類にもかかわらず冬眠する稀な動物

・クマの冬眠には、体温があまり下がらず、中途覚醒しないという特徴がある

・クマは数ヶ月の冬眠の間全く動かないにもかかわらず、筋肉が衰えない

・冬眠中のクマの筋肉では、タンパク質の代謝やエネルギー代謝が抑えられた省エネモードになっている

動物が何気なく行なっている活動の中には、人間にとって驚異的な事が多々あります。
それに対して素朴な疑問を持ち、深めていくことで、改めて動物の魅力に気づくことができるのでしょう。

参考文献
  1. 宮﨑 充功:ツキノワグマにおける冬眠期の筋肉量維持機構の探索.低温科学,81,191-198(2023)
  2. Miyazaki, M.:Regulation of protein and oxidative energy metabolism are down-regulated in the skeletal muscles of Asiatic black bears during hibernation.Scientific Reports,12,19723(2022) 
  3. 坪田 敏男:クマ類の冬眠:繁殖との関係.低温科学, 81, 173-180(2023)
  4. 下鶴 倫人:クマの冬眠の生理・代謝機構〜如何に太り,如何に痩せるか〜.低温科学, 81, 181-189(2023)
  5. 坪田 敏男:冬眠中に出産も行うクマの冬眠とその生理.milsil,17,6-8(2024)
  6. 山口 良文:冬眠の魅力と謎.milsil,17,4-5(2024)
  7. 大井 徹:ツキノワグマ クマと森の生物学,東海大学出版会(2009)
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この記事を書いた人

サイエンスイラストレーター・デザイナー
生物系の博士号を持っています。科学(主に動物学)に関する面白い現象や研究について、わかりやすい文章と図解イラストを用いて解説します。

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