世界最小の鳥ハチドリ。宝石のような美しい体を持つものが多く、世界中の人たちの心を惹きつけています。
ハチドリの主食は花の蜜です。空中でホバリングを行いながら、毎日大量の蜜を吸って生きています。
花園のなかを小さな鳥たちがブンブンと飛び回りながら花の蜜を吸っている、、、想像するだけでも癒されますよね。
しかしこのホバリングには、かなり高い身体能力が必要とされています。なぜならホバリングを続けるには、エネルギーを大量に生産し続けなければならないからです。
ハチドリは、脊椎動物の中で破格と言える代謝能力を獲得し、この問題を乗り越えているのですが、どのような遺伝的な変化がその能力をもたらしたのかは不明でした。
そんな中、2023年にscience誌に発表された研究で、ハチドリの代謝能力の秘密に迫る成果が報告されています。
本記事では、ハチドリの代謝能力の秘密に迫った最前線の研究を紹介いたします。
ハチドリの代謝能力を支える仕組みとは?
そもそもハチドリって?
鳥類アマツバメ目(ヨタカ目とする説もあり)ハチドリ科に分類される鳥です、南北アメリカ大陸に生息しています。
鳥類の中では最も小柄で、体重は2〜20g程度。
その中でもマメハチドリは最小で、全長6cm、体重2g程度と言われています。
日本の代表的な小鳥であるスズメですら全長14〜15cm、体重18〜27gなので、その小ささがわかりますね。
もはや、ちょっと大きめの昆虫って感じのサイズ感でしょうか。実際に、飛行中の姿がスズメガと呼ばれる蛾に似ていることから、見間違われることがあるそうです。
ホバリング飛翔
ハチドリは、名前に「ハチ」がついているだけあり、花の蜜を主食としています(昆虫も食べるようです)。ミツバチなどの花の蜜を吸う昆虫は、花に止まって蜜を吸うことができるのですが、ハチドリは昆虫より体が重いため花に止まることができません。
そこでハチドリは、ヘリコプターのように空中で静止する飛行方法、通称ホバリング飛行を行いながら長い嘴を使って花の蜜を吸うように進化しました。
ところが、実はこのホバリング飛行はかなりの身体能力を必要とする飛行方法です。
なぜなら、ホバリング飛行中は高速で羽ばたきながら体を安定させ続けなければならないからです。
ハチドリはなんと毎秒55回(最大88回)も羽ばたいていると言われています(この時のブーンという羽音がハチの羽音と似ていることから、ハチドリという名前になったのだそうです。)。
この羽ばたきを維持するには、筋肉をフルスピードで動かし続けなければなりません。
つまり、ホバリングは筋肉の高いエネルギー消費に応じなければならない、かなり強度の高い運動なのです。
メジロやカワセミなど、聞いたことのある鳥類でもホバリングが可能な種類は存在するのですが、ハチドリのように上手にホバリングを行うものはいないようです。
それはなぜかというと、ハチドリの体がホバリングに特化して適応進化しているからです。
ハチドリの体は、余計なものが削ぎ落とされたストイックな体つきをしています。体は羽を動かすための胸筋が体の30%を占めていますし、体を軽くするため、脚の筋肉が少なく、骨も軽くなっているのです。
そして面白いのが、ハチドリは筋肉でエネルギーを作り出すエネルギー代謝においてユニークな特徴を備えているということです。
驚異の代謝率
ハチドリは脊椎動物の中で最も活発な代謝が可能です。
飛行中における代謝率は、人間のアスリートはおろか、哺乳類が誇るアスリート動物のウマですらはるかに凌ぐほど。
代謝力は脊椎動物の機能的・構造的な上限なのかもしれないと言われているほどなのです。
ハチドリがこのような活発な代謝を行えるのは、糖などのエネルギー源をエネルギー生産機関であるミトコンドリアに供給する能力の高さや、ミトコンドリアでのエネルギー生産力の高さによると考えられます。
ハチドリはまた、エネルギー吸収や利用についても特殊化をしています。一般的な動物では、食べ物から摂取したエネルギー源を代謝に利用するまでには少し時間がかかります。
ところが、ハチドリでは新たに花蜜から摂取したグルコースやフルクトースなどの糖をすぐにホバリング飛行の燃料に使用でき、かつその燃料でホバリングで消費されるエネルギーの大半を賄うことができるのです。
ハチドリが獲得したこのようなユニークな特徴が、ホバリングを可能にするキーポイントになっていることが予想されますが、どのような遺伝的な変化により、このような代謝の適応が起こっているのかについては、不明なままでした。
ハチドリの代謝能力の秘密
2023年にscience誌に掲載された論文(参考文献1)で、ハチドリの代謝能力を説明するための糸口が見つかりました。
ハチドリのゲノムを他の鳥類と比較
その研究では、南米に生息するユミハシハチドリ(学名:Phaethornis superciliosus)のゲノムを解読し、そのデータをすでに解読されているハチドリや他の鳥類のゲノムと比較を行っています。
ゲノムは生物の設計図のようなもの。それを複数の比較することにより、ある生物の設計上の特徴を見つけることができるというわけです。
その結果、FBP2(フルクトース・ビスホスファターゼ2)という酵素を作り出す遺伝子が、研究で使用したすべてのハチドリで失われていることが発見されました。
また、この遺伝子が失われた時期は4,600〜3,400万年前と推定されたのですが、これはハチドリの祖先でホバリング飛行が進化した時期と大体一致していたのです。
なんだかホバリングと関係がありそうな結果ですよね。このFBP2とは、一体どのような働きをしているのでしょう?
FBP2の機能
FBP2は筋肉細胞に主に存在する酵素で、糖の分解産物や糖以外の物質から糖を作る、糖新生(捕捉:糖代謝の基本)と呼ばれる過程に関わるのだそうです。
糖代謝に関わるとなると興味深いですが、糖を作る方に関わるのですね。それが失われるとどのような影響が出るのでしょう?
補足:糖代謝の基本
グルコースは酸素を使用しない解糖系と呼ばれる代謝ステップを経てピルビン酸という物質に分解された後、ミトコンドリアに運ばれ、酸素を使用した代謝ステップによりエネルギーが生産されます。
それに対して、糖新生は解糖系とほとんど逆方向の代謝ステップで、ピルビン酸からグルコースが生成されます。
ピルビン酸はグルコースの分解産物だけでなく、脂質由来のグリセロールやタンパク質由来のアミノ酸からも生成されるので、糖以外の物質からも糖を作ることができるというわけです。
FBP2の機能を調査
その疑問に答えるべく、研究ではまた、鳥の筋肉細胞でFBP2を作り出す遺伝子を人為的に働かない状態にして、糖代謝に関するいくつかの指標の測定を行いました。
ある遺伝子が働いている状態と働いていない状態を比較することで、その遺伝子はどのような働きをしているのかを調べるというわけです。
その結果、なんとエネルギーを生産するミトコンドリアが活性や数も増加して、糖代謝が向上していたのです。
糖を合成する経路の酵素であるFBP2が働かなくなることで、代謝率が向上するなんて、ちょっと意外ですよね。
細胞では、グルコースが解糖系と呼ばれるいくつかの代謝ステップを経て分解され、エネルギー生産を行うミトコンドリアに供給されるのですが、このとき糖新生では解糖系と大体逆のステップでグルコースが合成されます。FBP2が働かなくなると解糖系の分解産物がグルコースに戻れず、そのままミトコンドリアに流れ込んでいるということなのかもしれません。
研究ではさらに、解糖系のいくつかの遺伝子に変異が起こっていることが突き止められています。
これらの遺伝子とハチドリの適応進化との関係はまだわかっていないそうですが、今後の研究によって、ハチドリの代謝についてさらに多くのことがわかりそうですね。
まとめ|ハチドリの代謝の不思議
本記事についてまとめると、
- ハチドリのホバリングは驚異的な代謝能力に支えられている。
- ハチドリのゲノムを他の鳥類と比較してみると、FBP2という酵素を作り出す遺伝子が欠失していた。
- FBP2を鳥の筋肉細胞で働かない状態にすると、細胞内での糖代謝が向上した。
小さな鳥が花園で飛び回っている光景は、想像するだけでほっこりとした気分になりますよね。しかし、これはハチドリが進化させた驚異的な代謝能力により実現されていることを思うと、自然の奥深さを感じさせられますね。