宝石のように煌めく体とちょこんとした小さな体。
最小の鳥ハチドリは、生物好きの枠を超えて世界中で愛されています。
しかし、その可愛らしい見た目に反して実は図太く、時には過酷な環境に適応して生息しています。
代表的なのは標高4,500mを越えるアンデス山脈でしょうか。
そこは夜には氷点下付近まで気温が下がる、寒冷な環境です。
よく考えてみると、ハチドリがこのような標高の高い寒冷な地域に生息できるのは実は不思議。
なぜなら、ハチドリのような小さい生き物はものすごい勢いで熱が奪われていくからです。
一体どのようにして、ハチドリは寒さを乗り越えているのでしょう?
ハチドリが寒さを乗り越える仕組みは?
ハチドリってどんな鳥?
ハチドリは、鳥類アマツバメ目(ヨタカ目とする説もあり)ハチドリ科に分類される鳥です。
羽音がハチに似ていることが名前の由来。英語名の「hummingbird」も羽音に由来があるのだとか。
ハチドリ全てが当てはまるわけではありませんが、キラキラと宝石のようにかがやく種類が多く、生き物好きの枠を超えて人気があります。
鳥類の中では最も小柄で、体重は2〜20gとされています。その中でも一番小さい種類はマメハチドリで、全長はおよそ6cm、体重はおよそ2gと言われています。
1円だまの重さが1gなので、それが2枚分。もはや何かわからないほどですよね。
意外な適応力
見るからに線が細そうなハチドリですが、意外にも様々な環境に適応しています。
南北アメリカ大陸に広く生息しているのですが、その生息地には砂漠から沿岸部、低地林から標高の高い地域など多様な環境が含まれます。
思いのほか図太くてびっくりですよね。
また、ハチドリは時に過酷とも言える環境に生息しています。
代表的なのは、アンデス山脈の高標高地域に生息している種類でしょう。アンデス山脈は南アメリカ大陸の西側に沿って連なるとてつもなく長い山脈で、最高峰はおよそ7,000m、かつ6,000 mを越える山々が無数にそびえ立っていると言われています。
ハチドリはその中でも標高4,500m付近に生息しているそうです。
標高3,800mの富士山よりも標高が高い場所に生息できるなんて、とてつもないですね。
そのような環境では、食料も少なければ空気も薄いはずですし、そして夜は氷点下付近まで気温が下がります。
まさに生物にとって地獄のような環境です。
ハチドリの冬越しは大変?
ハチドリは熱が逃げやすい
しかしよくよく考えてみると、ハチドリがそのような標高の高い寒冷な地域に生息できるのは不思議です。
なぜなら、ハチドリは体が小さく、寒さに弱いはずだからです。
一般的に、生物は体が小さくなると体積に対する表面積の割り当てが大きくなるため、熱が逃げやすくなります。
ホッキョクグマとヒグマの関係のように、北に生息する生物の方が体が大きくなる現象はベルクマンの法則と呼ばれていますが、これは熱が失われることを防ぐためと考えられています。
このように、ハチドリは低温の環境では熱がどんどん逃げていくため、それを補うためにたくさんエネルギーを生み出し続ければならないという、とても厳しい生活をしていることがわかります。
ホバリングによるエネルギー消費
それに加えて、ハチドリのある生活スタイルが、さらにエネルギー事情を厳しくさせています。
それはホバリングにより花蜜を採取し続けるという食事スタイルです。
ハチドリは、ミツバチなどの昆虫のように花の蜜を主食としています。
花の蜜は糖質がたっぷり詰まった質の高い食事であり、主食とする事は大きなメリットなのですが、ハチドリは昆虫と比べると体が大きいため、花に止まって蜜を吸うことができません。
そこで、ハチドリはホバリングにより空中で静止して花の蜜を吸うという方法を編み出しました。
このホバリングを続けるには、羽を高速で動かし続ける、すなわち筋肉を高速で動かし続ける必要があります。そのため、ホバリングは大量のエネルギーを消費してしまうのです。
そのため、ハチドリはホバリングにより花の蜜という質の高い食事を摂り続けることで、同時に生じる大量のエネルギー消費を打ち消し続けるという綱渡りのような生活をしているのです。
自転車操業という言葉が似合いそうですね。
日中の活動時間ですらカツカツの生活をしているハチドリは、夜のように食事を採れない時間帯は一体どのように過ごしているのでしょうか?
アンデス山脈に生息するハチドリは洞窟など温度変化の少ない場所を利用して寒さを防いだり、夜間の代謝のための脂肪を蓄積するため日没前に激しい摂食を行うことが知られているのですが、これだけで賄えるとは思えません。
体が小さく、しかもエネルギー消費の激しいハチドリは、なぜ寒冷な場所に生息できるのか?
夜を乗り越える裏技
トーパー
実は、ハチドリには夜を乗り越えるための裏技が存在します。
トーパーと呼ばれる現象です。
あまり聞き慣れない言葉ですが、一種の休眠状態のことを指します。
休眠とは、エネルギーの節約などのため、身体活動や成長などを一時的に休止する現象で、よく知られているものに冬眠などが含まれます。この休眠には色々と種類があるようです(補足:休眠の種類)。
トーパーとは、休息時に体温が短期的に外気温と同じくらいまで低下したり、正常な体温より10℃以上も低下したような、低体温になった時に陥る状態と定義されています。
冬眠との違いは休息状態の期間の短さです。そのため、トーパーをミニ冬眠と呼ぶ媒体も見受けられます。
アンデス山脈に生息するハチドリは、毎晩のようにミニ冬眠状態になっているようです。
ハチドリの日中の体温はおよそ40度で、心拍数は1秒間に約20回に達すると言われています。
ハチドリはホバリングに必要な膨大なエネルギーを生み出せるようにするため代謝率が高く、体温や心拍数が高いのです。それが夜になると体温は18度ほど、心拍数は1秒間に0.67回にまで下がると言われています。
20度以上の落差があるのですね。これは確かにエネルギーの節約になりそうです。
補足:休眠の種類
種 類 | 定 義 |
冬 眠(Hibernation) | 冬季に体温や心拍数の低下など様々な生理的変化が起こる現象。哺乳類や鳥類に多く見られる。 |
発生休止(Diapause) | 秋から春にかけて発生を一時的に停止させておく現象。昆虫によく見られる。哺乳類の着床遅延もこれに含まれる。 |
夏 眠(Aestivation) | 高温や乾燥に応答して起こる休眠。カタツムリや昆虫など無責類動物によく見られる。 |
トーパー(鈍麻状態、Torpor) | 休息時に体温が短期的に低下する現象。日周期的に起こる動物種もいる。ハチドリなど小型の鳥類や、コウモリなど小型の哺乳類によく見られる。 |
体温が3度付近まで下がる種類
2020年に『The Royal Society』にて掲載された研究(参考文献1)では、夜の体温が3度近くまで下がる種類が存在するという、面白い結果が得られています。
その研究では、南米ペルーに生息するハチドリ6種類を採集し、肛門となる部分に小型温度センサーを挿入した状態で、一晩ゲージに入れて体温の変動を観察しました。その結果、ハチドリの一種であるクロテリオハチドリ(学名: Metallura phoebe)では、体温が3.26℃まで低下する個体がいたのだそうです。
3.26度なんて、ほとんど氷ですよね。そんなに下がっても大丈夫なの?という感じです。
この温度は、これまで知られている冬眠する鳥類や哺乳類の体温と比べて最も低いのだそうです。
この論文に関連した記事では、この体温で夜を乗り切った場合、基礎代謝によるエネルギー消費を95%削減することが可能という計算結果が示されています。
この研究では、ハチドリがトーパーから目覚める時の観察も行われています。日の出の頃になると、ハチドリは筋肉を痙攣させはじめ、1分間に1℃という急速な再加熱を起こすのだとか。
ものすごい体温のアップダウンですが、これを何食わぬ顔で行なっているハチドリは、驚異的な生き物ですね。
まとめ|ハチドリが寒冷な場所に生息できる仕組
本記事のまとめを以下に示します。
- ハチドリは、アンデス山脈のような寒冷なにも生息している。
- ハチドリは体が小さく、かつホバリングによるエネルギー消費の激しい生活をしているため、寒冷な場所で暮らすのは大変なはず
- ハチドリは、トーパーにとり夜の体温を下げ、エネルギー消費を節約することで、寒さを乗り越えている。
- トーパーを行うハチドリの中には、体温が3度近くまで下がる種類も存在する。
ちょっと大丈夫なの?というくらいの体温の変動を繰り返すことにより、ハチドリは寒冷な環境で暮らしているのですね。
そのような体温変動はさぞ体に負担をかけていそうに思えますが、実はハチドリの寿命は体の大きさの割に長いことが知られています。トーパーは基礎代謝を下げてエネルギーの消費を抑えるので、寿命を伸ばすことに貢献しているのかもしれません。
改めて、生物の生理機構の奥深さに驚かされます。