里山の動物といえば、シカ、クマ、イノシシ、タヌキ、キツネ、ハクビシン、イタチ、、、、
これらの動物はずっと昔から日本人と共存してきました、、、
その証拠に、昔の人はこれらの動物の物語を書いています。さるかに合戦や金太郎(クマが登場)、狐の嫁入りは有名ですよね。それ以外にも、タヌキやイタチ、イノシシ、シカが出てくる物語がたくさんあります。
ところが、これらの動物の中で1種類だけお話に登場しない動物が、存在します。
それは、ハクビシン。
地方では当たり前のように生息し、最近では都市周辺でも出没しているこの動物。
実は在来種なのか外来種なのか、長いことわかっておらず、論争になっていたのでした。
素性のわからない動物がいつの間にか紛れ込んでいたかもしれないなんて、ちょっとしたホラーですよね。
そんなハクビシンですが、近年の遺伝子を調べる技術の発達により、この在来種・外来種論争に決着がついたようです。
一体なぜ、ハクビシンに在来種説や外来種説が持ち上がったのでしょうか?そして、遺伝子を調べることでその問題はどのように解明されたのでしょうか?
ハクビシンは何者でどこからきたの? 遺伝子を調べることで明らかになったことは?
ハクビシンってどんな動物?
ジャコウネコの仲間
ハクビシンは食肉目ネコ型亜目ジャコウネコ科の動物です。
食肉目はイヌやネコ、イタチ、タヌキ、そしてクマなどよく知られている動物が含まれるグループで、イヌ型亜目とネコ型亜目に分かれています。
ハクビシンはネコ型亜目なので、イヌとねこのどちらに近いのかと言われたらどちらかというとネコということになります。たしかに、ちょっとネコに見えるかもしれませんね。
ちなみに、タヌキやイタチはイヌ型亜目に含まれます。同じ小動物として括られがちですが、ハクビシンはちょっと違うようです。
ハクビシンはネコ型亜目の中さらにジャコウネコ科に分類されます。ジャコウネコといえば、コーヒー好きの間で有名なジャコウネココーヒーがありますが、これには東南アジアのハクビシンが使われているようです。以外と人間との関わりが深い動物だったんですね。
大きさと名前の由来
ハクビシンの大きさは全長は約 90~110 ㎝で、体重は約3~4㎏です。尾の長さが約 40~45cmと長く、全長の半分くらいを占めています。
「ハクビシン」という名前は、「イタチ」や「タヌキ」とは違って、まるで何かの神であるかのようなちょっと高貴な響きがあります。しかし、実際には額から鼻にかけて走る特徴的な白い線が名前の由来。漢字では「白鼻芯」や「白鼻心」と書きます。
この顔の白い線のパターンは生息地によって異なるのだそうです。日本のハクビシンでは顕著に出ていますが、東南アジアのハクビシンは、あまりはっきりとた線が出ないそうです。
生息している地域
ハクビシンは東南アジア(マレーシアやインドネシア)や南アジア(インド、ネパール)、台湾、そして日本に生息しています。
日本では南東北から中部と四国に分布が集中していますが、現在ではほぼ全国で生息が確認されているようです。
在来種説と外来種説
ハクビシンといえば、農作物を食べたり、家に住み着いたりしているイメージがありますよね。昔から日本人と共存してきたと思いきや、実は在来種ではないんじゃないか?という疑惑が専門家の間では抱かれていました。
さもずっと日本にいたような顔をしているハクビシンは、実は素性のよくわからない動物だったのです。
君は、いったい誰なんだ? なんだかホラー映画にありそうなシチュエーションですよね。
ハクビシンは外来種?それとも在来種?
外来種や在来種って何?
外来種や在来種とは何を指すのでしょう? 定義を次に示します。
外来種
導入(意図的・非意図的を問わず人為的に、過去あるいは現在の自然分布域外へ移動させること。導入の時期は問わない。)によりその自然分布域(その生物が本来有する能力で移動できる範囲により定まる地域)の外に生育又は生息する生物種(分類学的に異なる集団とされる、亜種、変種を含む)
在来種
もともとその生息地に生息していた生物種の個体および集団。
元々日本にいた生き物が在来種で、外国から持ち込まれた生き物が外来種ということになりそうですね。
日本の場合、元々いたというのはどのような条件を指すのでしょうか?
日本列島はかつて大陸と陸続きになったり、離れたりしていたという歴史があります。そして、最後に大陸から離れたとき(最終氷河期が終わった約1万6千年前)には、現在の在来食肉目の祖先は存在していたと考えられているそうです。
したがって、最後に大陸から分かれる以前から日本列島にいた種類が在来種で、その後人類の文明の発達にともない何らかの形で持ち込まれた種類が外来種ということになりそうですね。
外来種説
ハクビシンが外来種かもしれないという疑惑を持たれた理由は、3つ挙げられます。
①ハクビシンの化石が見つかっていない
日本列島が最後に大陸から離れる以前の地層からハクビシンの化石群が出土しておらず、また縄文期以降の遺跡からもハクビシンの骨の出土記録がないそうです。
ハクビシンがかつてから日本列島に生息していた記録が見つかっていないことは、外来種であるという一つの証拠になります。
②ハクビシンの分布の傾向が在来種のものと異なる
在来種の分布の特徴は、本州・四国・九州に連続的に分布するというものです。
それに対して、ハクビシンの分布は、現在では全国に分布が確認されているものの、1990年代前半では、本州と四国において飛び石状になっていました。また、大陸からの移動経路になる九州からの分布情報がほとんなかったようです。
この事から、人間によって持ち込まれたハクビシンがその地点から少しずつ分布を拡大した可能性が、考えられています。
③ハクビシンには輸入・飼育の歴史がある
ハクビシンは戦前から戦後にかけて毛皮として利用するために輸入、飼育されていた経緯があるようです。
それらの導入されたハクビシンが逃げ出して定着したという考えは自然なように思われます。
外来種説の問題点
日本で過去に存在していた証拠が見つからず、かつ輸入していたという歴史がある。これらは外来種であるとする強固な証拠であるように感じられますが、この時点では決定打とはなっていません。
科学において、存在する事より存在しない事を証明する事の方が難しいという事なのでしょう。たとえ証拠がまだ見つかっていないのだとしても、今後見つかる可能性がゼロだとは言い切れないわけですから。
在来種説
これに対して、ハクビシンが在来種であるとする説の主張は以下2つです。
①日本のハクビシンと頭骨形態の特徴が一致する亜種が見つからない
形態の近いものが見つからないということは、すなわち日本のハクビシンが大陸のハクビシンと分岐してからかなりの年月が経ってるということになります。
したがって、これはハクビシンが人が持ち込む遥か前から日本列島に生息いていたという証拠になりそうです。
②江戸時代の古文書にハクビシンらしき動物が登場
江戸時代の古文書に出てくる伝説の雷獣の特徴がハクビシンと似ているそうです。
これは、外交がそれほど盛んでなかった時代に、ハクビシンが人々の間で十分認知された動物であることを示すため、在来種であることの証拠になりそうです。
雷獣とは?
落雷とともに現れると言われる日本の妖怪です。江戸時代にはそれなりに知名度があったと言われています。大きさや外見、特徴がハクビシンと共通していることから、ハクビシン在来種説の証拠とされています。落雷で驚いて樹上から駆け降りたり、薮からとびだしたり、雷に打たれて死んだりしたのを、見誤ったことが、伝説の由来だと考えられています。
外来種説と在来種説はそれぞれに強みがあるものの、決着が着くには至らず、長い間論争になっていたのです。
そんな中、ある技術の発展が、この論争を一つの結論へと導きます。
それは、遺伝子を調べる技術です。
それにより、今までと違った角度でハクビシンの歴史を知ることが可能になったのです。
遺伝子解析により決着
遺伝子を調べる技術によってもたらされた現在の結論は、ハクビシンは外来種であるという事です。
いったいどのようにして、その結論は導き出されたのでしょう?
遺伝子レベルでの系統
遺伝子の配列を亜種や近縁種と比較する事で、遺伝子レベルでの系統を知ることができます。
ある生物の遺伝子レベルでの系統関係を明らかにする際、ミトコンドリア(細胞の中の器官の一つ)のDNAを調べる手法がよく使われます。
それを調べた結果、日本と台湾のハクビシンがなにやら関係がありそうだということを示しています。
①日本と台湾では遺伝的な違いが少ない
②日本と台湾には同じ遺伝子タイプのもの(JA1と JA4)が存在する
③台湾には、日本と台湾の両方に存在する遺伝子タイプ(JA1とJA4)の中間に位置する遺伝子タイプTW1が存在する(いわゆるミッシングリンク)
ハクビシンの遺伝子タイプ(ミトコンドリアのチトクロムb遺伝子を解析した結果)
東南アジア タイ、マレーシア SE1〜SE4
日 本 JA1〜JA5
台 湾 TW1〜TW4、JA1、JA4
引用:参考文献1〜3
ちなみに日本と台湾系統のハクビシンは東南アジアのハクビシンとは系統が異なるようです。
移入の痕跡
遺伝子を調べる事で、移入の痕跡が見つかる事があります。
その一つは創始者効果と呼ばれるものです
創始者効果
隔離された個体群が新しく作られるときに、新個体群の個体数が少ない場合、元になった個体群とは異なった遺伝子頻度の個体群が出来ること
これは、ある場所から新しい場所に移入した生物が定着して増殖すると、新しい場所の集団の遺伝的多様性は元々いた場所の集団より小さくなる現象です。
日本のハクビシンの遺伝子多様性は、台湾のものより小さいことから、この創始者効果が起こっていると考えられています。
これらの結果は日本のハクビシンが台湾から移入し、増殖したものである事を示す明確な証拠となりそうです。
移入ルート
さらに、遺伝子を調べると移入ルートも明らかになるようです。
①関東から東北に多い遺伝子タイプJA1は台湾西部にも多いことから、台湾西部から関東・東北への移入の可能性が示唆される
②中部から四国に多い遺伝子タイプJA4は台湾東部に多く見られることから、台湾東部からの移入の可能性が示唆される
このように、遺伝子を調べるとある生物が歩んできた歴史を違った角度で明らかにすることができます。
その結果、遺伝子を調べるまではなかなか決着がつかなかったハクビシンの外来種・在来種論争に一つの結論を与えることになったのです。
まとめ
本記事のまとめは以下のとおりです。
- ハクビシンは日本の動物と思いきや、実は素性のよくわからない動物だった
- 外来種説と在来種説にはそれぞれ強みがあり、長いこと論争になっていた
- 遺伝子を調べる研究が行われたことにより、台湾のハクビシンとの関係が明らかになり、外来種説が裏付けられた
身近な生き物であるハクビシンにこんな歴史があったなんて、面白いですよね。
科学の発展が新しい視点を与えるという事も興味深いです。
しかし、注意しなければならないのは、現在の結論はあくまでも現在の技術における結論に過ぎないという点です。新しい技術が開発されれば、また新しい結論が生まれるのかもしれません。
これも科学の面白さの一つですね。
参考文献
- 増田 隆一:「ハクビシンの不思議 どこから来て、どこへ行くのか」.東京大学出版会(2024)
- Masuda, R. et al.:Genetic variations of the masked palm civet Paguma larvata, inferred from mitochondrial cytochrome b sequences.Mammal Study,33(1):19-24 (2008)
- Masuda, R. et al.:Origins and Founder Effects on the Japanese Masked Palm Civet Paguma larvata (Viverridae, Carnivora), Revealed from a Comparison with its Molecular Phylogeography in Taiwan.Zoological Science,27(6):499-505 (2010)
- 農林水産省:ハクビシンの基礎知識
- 吉岡 郁夫:雷獣考.比較民俗研,21,35-50(2007)