子供の頃、お風呂でどれくらい長く息を止められるか試した人も多いと思います。
頑張って練習して1分、、、その程度だったのではないでしょうか?
ある種の動物は、肺呼吸であるにもかかわらず人間よりも遥かに長い時間息を堪えることができます。
そのひとつがウミガメです。
浦島太郎に登場するなど、日本人には馴染み深い動物ですよね。
何事も許してくれそうな穏やかな佇まいがとても素敵な人気動物です。
ウミガメは、長い時間潜水する能力に関しては、潜水性の哺乳類(クジラやアザラシなど)や鳥類(ペンギンなど)よりも優れているのだそうです。
ウミガメは肺呼吸なのに、なぜ長い時間潜っていられるのでしょうか?
哺乳類や鳥類とはいったい何が異なっているのでしょうか?
本記事では、ウミガメの潜水のしくみについて解説します。
ウミガメは、なぜ長時間息を堪えて潜水し続けられるのだろう?
ウミガメってどんな生き物?
ウミガメとは、その名の通り海に生息するカメのことです。
現在は2科6属7種に分類されています。
ウミガメの大きさと形の特徴
ウミガメは全体的に大型の種類が多いのが特徴です。
オサガメは、甲長は1.8mに達します。この大きさは、カメの仲間では最大になります。
また、最小のヒメウミガメでも70cmを超えています。日本でお馴染みのクサガメやイシガメは甲長20cm程度。
そう考えると、ウミガメの大きさがわかりますね。
ウミガメは、陸生や淡水生のカメと比べ、甲羅や手足の形には特徴があります。
ウミガメの甲羅は水滴のような形をしており、陸生や淡水生のカメと比べると薄く滑らかになっています。
このため、ウミガメは手足を甲羅の中に引っ込められないのですが、代わりに海の中をスムーズに泳ぎ回ることが可能です。
また、ウミガメの甲羅は、陸生や淡水生のカメと異なり、背甲(背中側の甲羅)と腹甲(お腹側の甲羅)が一体化していません。
そのため、甲羅は外部からの圧力で変形させることが可能で、これが深い潜水を可能にしています。
ちなみに、オサガメは硬い甲板はなく、皮膚で覆われていて、ゴムのような質感をしているそうです。
どんな感触なのか、ちょっと触ってみた気もしますね。
ウミガメは手足の形も陸生のカメと異なっており、オールのような形をしています。
これも甲羅と同様に、回遊に適した形状と言えますね。
ウミガメの生息地
ウミガメの仲間は、寒帯を除く全世界の海洋を泳ぎ回っています。
実は、多くの種類のウミガメを日本の周辺で見ることが可能です。
ウミガメは砂浜で産卵を行うのですが、日本は世界的な産卵地のひとつになっています。
日本で産卵するウミガメはアカウミガメとアオウミガメ、タイマイの3種類。
また、オサガメとヒメウミガメは、日本で産卵しないものの、日本の沿岸を回遊するため、漂着する事があります。
このように、日本では多くのウミガメを見かけることがあるため、日本人にとってウミガメは身近な動物と言えるのです。
ウミガメの一生
ウミガメは一生の間に、生活する場所が変化します。
砂浜で生まれた幼体は、海に入って海流で分散していきます。砂浜から海に出ていく段階では、捕食などにより死亡する個体が多いのですが、生き残った個体は外洋に出て漂流生活を送ります。
甲長が30cm程度まで成長すると、泳ぐ力もついてくるため、定着した生活を送るようになります。
繁殖可能な成体になると、今度は産卵する海域に戻ってきて、沿岸で生活するようになります。
一生の間に生活場所が大きく変わると言うのは、面白いですね。
ウミガメは肺呼吸なのに長時間潜水できる
ウミガメは肺呼吸動物
ウミガメといえば、海の中をのんびりと泳いでいるイメージがありますよね?
ウミガメは爬虫類なので、人間と同じ肺呼吸です。
そのため、ウミガメは魚のようにエラから水中の酸素を吸収できるわけではなく、水面に上がって空気を吸う必要があるのです。
つまり、が海の中を泳ぎ続けるためには、息を止め続けなければならないと言う訳です。
結構難しいことを要求されていたんですね。
肺呼吸動物の潜水能力
一部の潜水をする肺呼吸の動物は、長時間息を堪えて潜水し続けることが可能です。
このような潜水性動物には、哺乳類ではクジラやアザラシ、鳥類ではペンギンなどが該当します。
主な動物の潜水時間を比べてみましょう。
参考:「ウミガメの自然史 産卵と回遊の生物学」
潜水性動物の潜水時間は、人間と比べるとものすごい長いですね。
特に、クジラの潜水時間が抜きん出ています。これは基本的に大サイズの大きい生物ほど潜水可能な時間が長くなるためです。
ウミガメの潜水能力
ウミガメは、体サイズの割に最も長く潜水できる肺呼吸動物です。
ウミガメの潜水の特徴を見てみましょう。
参考:「ウミガメの自然史 産卵と回遊の生物学」
潜水の特徴はオサガメとその他のウミガメで異なっています。
オサガメは、最も深くまで潜水することができます。その深さは最大1250mです。
潜水時間は最大で71分。十分長いように思いますが、他のウミガメと比べると体が大きい割に潜水時間が長いわけではありません。
一方、オサガメ以外のウミガメは、それほど深くまで潜水しません。潜水深度はアカウミガメやヒメウミガメで200m台です。
その代わりに、潜水時間は長く、アカウミガメでは最大410分が記録されています。
アカウミガメの410分はマッコウクジラよりはるかに長いですね。
マッコウクジラは、オスでは体長が20m、体重は50トンに達します。
それに対して、アカウミガメは、甲長はや70cm〜1m程度、体重は70〜180キロ程度です。
そう考えると、アカウミガメの潜水能力のすごさがわかります。
このように、ウミガメの潜水の長さは破格ですよね。
それでは、どのような仕組みによりウミガメは長時間潜水できるのでしょうか?
ウミガメが長い時間潜水し続けられるしくみとは?
ウミガメの潜水能力の仕組み
そもそも、なぜ息を吸わなえればならないのでしょうか?
それは、体内の酸素が不足すると、主なエネルギー生産方法であるミトコンドリアでの有酸素代謝が行えなくなるからです。
長い時間潜水する上で、酸素はとても重要なんですね。
潜水時間は、「体内にどれだけたくさん酸素を蓄積できるか(酸素蓄積量)」と「体内に蓄積した酸素がどれだけ速く消費されるか(酸素消費速度)」などに影響される考えられています。
実際に、学術研究などで動物の潜水能力を評価する際には、酸素蓄積量を酸素消費速度で割ったcADLなどが指標として使われるそうです。
それでは、ウミガメのいったい何が、潜水能力に貢献しているのでしょうか?
酸素蓄積量と酸素消費速度の特徴について見ていきます。
潜水能力には、酸素蓄積量と酸素消費速度が重要
長時間の潜水の仕組み①|酸素蓄積量
長時間の潜水を行うには、水面にいる間にどれだけ体に酸素を蓄積できるかは重要な問題です。
結論から言うと、ウミガメは、潜水性の哺乳類や鳥類と比べて酸素蓄積量が多いわけではありません。
したがって、酸素蓄積量はウミガメの長時間潜水を説明する要因にはなりません。
しかしながら、ウミガメは、他の潜水性動物が持つような酸素をより多く取り込む仕組みが備わっていたり、他の潜水性動物とは異なる酸素の蓄積に関する特徴を持っていたりします。
頻 脈
潜水する動物は、より多くの酸素を体に取り込むための仕組みがあります。
そのような仕組みの一つが、頻脈と呼ばれる生理現象です。
頻 脈 水面での呼吸中に心拍数が上昇する現象
水面で心拍数が上昇することにより、酸素の取り込みと排出が促進されると言う訳です。
例えば、キタゾウアザラシでは、であるが、水面にいるときの心拍数は107.3回/分で、これは潜水中(39.0回/分)や陸上での正常呼吸時(65.0回/分)を遥かに上回ります。
ウミガメでも、オサガメで頻繁脈の報告はあります。
それによると、水面にいるときの心拍数は24.9回/分で、これは潜水中の心拍数である17回/分を上回っています。
確かに潜水時に心拍数は増加はしていますが、キタゾウアザラシと比べるとその増加量はあまり多くありませんね。
酸素の蓄積器官
潜水をする際に酸素を蓄積する主な組織は、呼吸器官(肺)や血中、筋肉組織になります。
オサガメ以外のウミガメは、主に呼吸器官(肺)に酸素を蓄積することが特徴です。
アカウミガメでは、約70%の酸素を呼吸器官(肺)に蓄積しています。
オサガメは、血液中にヘモグロビンと結合する形で多くの酸素を蓄積しています。
潜水性哺乳類や鳥類は、呼吸器官(肺)に5%程度しか酸素を蓄積していません。
その代わりに血液や筋肉に多くの酸素を蓄積しています。
これには、ミオグロビンと呼ばれる酸素と結合する分子が関係しています。
潜水性の哺乳類や鳥類は筋肉中のミオグロビンは多く、これによって筋肉に多くの酸素を蓄積できるのです。
ウミガメのミオグロビン量は、潜水性哺乳類や鳥類と比べ少ないため、筋肉中には酸素を蓄積していません。
同じ潜水性動物でも、ウミガメと哺乳類・鳥類では酸素を蓄積する器官が異なるというのは、面白いですね。
長時間の潜水の仕組み②|酸素消費速度
体内に蓄積した酸素を消費する速さもまた、長時間の潜水にとって重要です。
酸素消費速度について、潜水性哺乳類や鳥類と比べてみましょう。
参考:「ウミガメの自然史 産卵と回遊の生物学」
ウミガメでは、潜水性動物の中で特に酸素消費速度が遅いことがわかります。
体内でゆっくりと酸素が消費されるため、長く潜水できると言うことなのでしょう。
それでは、一体なぜ、ウミガメの酸素消費速度は遅いのでしょう?
潜水除脈
ウミガメをはじめとした潜水性動物には、潜水中の酸素の消費速度が遅くする仕組みがあります。
その一つは潜水徐脈とよばれる生理現象です。
潜水徐脈 潜水中の心拍数が極端に低下する生理現象
心拍を通じて血液により酸素が運搬されるため、心拍数が減ると酸素の消費が少なくなるというわけです。
先ほどのキタゾウアザラシの例を挙げると、であるが、潜水中の心拍数は39.0回/分で、これは頻脈により心拍数が増加している水面時の心拍数(107.3回/分)だけでなく、陸上での正常呼吸時(65回/分)よりも低い値です。
また、シロナガスクジラでは、海面では1分間に25~37回だった心拍数が、潜水すると最低で1分間に2回まで低下することが知られています。
1分間に2回は、ちょっと驚きですよね。
これに関して、最近の研究では、アカウミガメの潜水中の心拍数はシロナガスクジラ並みに低下することが示されています。
その研究によると、アカウミガメは海面では心拍数が21回/分であるのに対し、水深140mまで潜水した時の心拍数は2回/分まで低下するというのです。
このように、ウミガメは潜水時に大幅に心拍数が低下するようです。
これが潜水中の酸素消費速度の遅さと関連していそうです。
代謝率が低い
ウミガメは哺乳類や鳥類と比べると代謝率が低く、これも酸素消費速度の遅さと関連していそうです。
爬虫類であるウミガメは、哺乳類や鳥類とは異なり、基本的に外温動物(補足:ウミガメの内温性)です。
外温動物 体温が外部の熱源によって影響される動物。脊椎動物では、魚類や爬虫類が該当します。
内温動物 体温が主に代謝熱で維持されている動物。哺乳類や鳥類が該当します。
外温動物は内温動物と比べて代謝率が低いのが特徴。
外温動物は必要以上のエネルギーを熱生産に費やさなくて良いので、代謝率を低く保てるのです。
実際に、外温動物の安静時の代謝率は内温動物の30分の1程度であると言われています。
このように、基礎代謝の低さが、酸素の消費を遅らせ、長い潜水時間につながっている可能性が考えられます。
捕捉:ウミガメの内温性
ウミガメの仲間では、体温が外気温よりいくらか高い状態が維持される現象が観察されており、部分的な内温性を有していると考えられています。
オサガメは特に内温性が高く、7.5度の海水に2日間の入れたあとの体温を測定した実験では、体温が水温より18度高い25.5度を示していたという報告があります。
アオウミガメやアカウミガメでも、体温は水温よりも数度高い状態が維持されているということが報告されています。
まとめ|ウミガメの体内では酸素がゆっくり消費される
本記事のまとめを示します。
・ウミガメは長時間息を堪えて潜水することができる
・動物の潜水時間は、酸素蓄積量と酸素消費速度の影響を受ける
・ウミガメは、潜水除脈や代謝率の低さにより酸素消費速度が遅く、これが長い時間の潜水を可能にしているのかもしれない。
ウミガメは、のんびりと海の中を泳いでいるイメージがありますが、それは長時間息を堪えて潜水できるという能力があってこそ可能だったんですね。
改めて、動物が持つ身体能力には驚かされます。
参考文献
- 亀崎 直樹 編:「ウミガメの自然誌 産卵と回遊の生物学」.東京大学出版会(2012)
- 東京大学:プレスリリース「潜水中のウミガメの心拍数は2回/分まで低下する ―アカウミガメが海を深く潜るときの驚くべき心拍数―」(2024)
- 木下 千尋:「海棲爬虫類、特にウミガメ類に見られる内温性−大サイズと代謝速度に着目して」.日本生態学会誌,72,63-71(2022)
- 環境省:「ウミガメ保護ハンドブック」(2019)